説さんへ

名古屋港を拠点に6年、ともに海上コンテナを積んだ大型トレーラーを引っ張りました。四季を五感で味わえるのは現場労働者の醍醐味です。深夜の運転、眠たいときや孤独なときも、どこかで同様にハンドルを握ってくれている運転手仲間は、こころづよい。

説は、話し相手であり、グチを吐ける相手であり、時には真面目な話もできる数少ない後輩でした。最初は「大学を出て、どうして運転手なの」と思いましたが、どんな仕事にも優劣をつけず、シャバにうまく馴染めない連中とも自然に打ち解けていました。

汗水たらし、体を使って稼いだ現場経験はどこに行っても通用します。高学歴の金持ちだけが社会全体の利益を独占しているのはおかしい。矛盾を感じつつも、うまく表現することのできない底辺の者たちの代弁者になってくれたらと、期待しています。

 

IT事業を区内で立ち上げて6年になります。政府は「女性の活躍」を推奨してきましたが、〝ガラスの天井〟はまだまだ厚いと痛感します。政治や職場、家庭でも地域でも、今後さまざまな意思決定の場でいっそうの女性と母親の参画が期待されます。

説さん家族とは保育園への送迎や季節行事の折、子どもたちと楽しそうにかかわる姿を拝見してきました。子どもが、障害者が、あらゆるマイノリティーが自分らしく暮らせる・・笑顔の絶えない街づくりをここ練馬で説さんと一緒に取り組んでいけたらと思います。

わたしが比較的廉価で開講している子ども向けプログラミング教室は、経済格差からくる教育機会の不平等を、少しでも是正したいという思いから始めた事業です。プログラミングが義務教育で必修化されるなか、子どもたちの将来に微力ながら貢献できればと考えています。

  

2018年末、同居していた兄が他界しました。それまで、なんとか二人でやってきた生活は苦しくなり、豊玉のアパートからも出ていかねばならなくなりました。私は地域の共産党の友人に相談し、野村さんを紹介してもらいました。

野村さんは、兄が闘病している時から毎日のように電話をくれ、話を聞いてくれました。なんども区役所2階の生活福祉課に一緒に行ってくれて、手続きを助けてくれました。つぎは私が恩返しをする番です。

政治は私にとって未知な世界でしたが、ひとは政治に救われもします。尊厳が大切にされないまま、余生をおくる高齢者は少なくありません。困っているひとのために、これほど心を砕いてくれる政治家が練馬にいることを、みんなに知ってほしいのです。

  

パパ友です。ともに練馬の保育運動にかかわってきました。説さんは、子どもたちへの愛情あふれたナイスガイ。熱いハートとクールな頭脳で、誰もが安心して出産・子育てできる保育行政の実現に腐心してきました。

区内には認可園に入れない子どもが1500人もいて、区立園の民間委託が推進されたことから、保育の質の低下が子どもの成長と発達を阻害しています。子育てを自己責任や「保活」から解放し、待機児ゼロ実現のために、説さんは区議会になくてはなりません。

わたしは仕事柄、生活苦にかかわる相談をよく受けますが、法律で解決できない案件はたくさんあります。だからこそ、マジメで一生懸命に生きてきた方々を支え、本当に親身になって力を尽くしてくれる政治の力がいまこそ必要だと思うのです。

   

毎朝の保育園への送りとお風呂は説パパのお務め。労働者の深夜残業が社会問題になったときに、練馬駅前の宣伝で「夜は愛しあう時間!」とスピーチをした説さん。家族を大切にする彼らしいフレーズでした。

フットワークの良さにはいつも驚かされます。だれに対しても自然に溶け込んでいく度胸と素直さ。気さくに打ち解けた雰囲気をつくりだす天性。市民と野党が共闘する時代、その才能はこれからも存分に発揮されるでしょう。

多くの人々が自民党に代わる新しい政治を切望しています。野党が本気で手をつなぎ、圧倒的多数の市民とともに自由と民主主義を取りもどす。毎日の生活が大切にされ、人間性が大切にされる未来社会の幕あけを、ともに展望していけたらと思っています。

「arm’s length(アームズ・レングス)」という考え方があります。行政のあり方として、文化・芸術に「カネは出しても、口は出さない」という意味です。独立した自由な創作活動を長期的・持続的に保障し、だれもが文芸に親しみ、豊かな人間性をはぐくむための礎です。

わが国は昨今、文芸に経済効果を求め、いかに稼ぐかを作品や事業の評価基準にする傾向を強めています。憲法が保障する「表現の自由」が侵害される一方、国家予算に占める文化予算の割合はわずか0・1%。諸外国と比較しても文化振興への意識の低さは際立っています。

閉塞感が社会全体を包み、日本人は〝生きづらさ〟という国民病に苦しんでいます。わたしは演劇人として、説さんは議会人として、誰もがのびのび自分らしく暮らせる世の中を取り戻したい。そのためにも是非、練馬区の皆さんには説さんを応援して欲しいのです。

自宅のある埼玉県所沢市から東京都練馬区まで毎月3回、10キロのアコーディオンを担いで通っています。「うたごえ」をこよなく愛するわたしを、野村さんに取材していただいたのが最初の出会いでした。2010年の夏のことです。

取材を通じて、野村さんの明るくて、ひたむきな人柄に触れました。「こういう青年がこれからの日本を背負っていくんだなぁ」 と、私もパスポートを手に米軍占領下の沖縄にわたった血気盛んだった頃の青春時代に戻った気がしたのを覚えています。

笑顔で快活な野村さんがいつも身近にいてくれること、しあわせです。わたしもささやかながら文化や福祉に関わっていますが、地方自治の役割がいまほど問われている時はありません。地方議員としての活躍にこころから期待しています。

自身の性に違和感おぼえたのは思春期のころ。好意をもった相手の性別に戸惑ったのを覚えています。「普通」への同調圧力と異性愛以外の者に不寛容な社会。家族や友人と一緒にいる時でさえ、そのなかで苦しさにもだえ、いままで息をひそめて生きてきました。

いま、少なからぬ人たちが虹色の旗をかかげ、顔をあげ始めています。性の垣根を取り払い「だれもが自分らしく」と。LGBTを認めることは、多彩な個性のあり方を認めること。ゆたかな多様性を受け入れ、発展させる社会こそ、生きやすさのはじまりだと思うのです。

説さんは、ひとに垣根をつくりません。先入観や偏見で人を傷つけることもありません。飄々(ひょうひょう)としたポップな笑顔に、繊細であたたかい思いやりがあります。同郷で同学年、筋トレ好きが共通点。説さんと一歩ずつ、自歩を固めていけたらと思っています。

保育士になって15年。勤務条件の劣悪さから、これまで数えきれないほどの同僚が保育の現場を離れていった。専門職として小さな命の発達に向き合い、これほど神経をすり減らしているにもかかわらず・・いまだ「子どもと遊ぶ仕事でしょ」みたいな、傷つく誤解もある。

もっとも幼く、かよわい子どもを全力で尊重することなしに政治の存在意義などありえない。認可保育園を増やし、公的保育を拡充するとともに、熱意とこころざしをもった保育士の誇りを支えてほしい。保育をもうこれ以上、保育士の献身に頼ることはやめるべきだ。

わが家にも説っちゃんちと同じ兄妹構成の3児がいる。説っちゃんは、しっかり遊び、しっかり笑う。大人が夢中になって遊ぶ姿を見て、子どもも安心して夢中になれる。子どもの声に耳をかたむけ、ママやパパに笑顔が戻れば、日本はもっと幸せでいい国になれると思う。

初めての出会いは2014年夏でした。当時、パレスチナ自治区ガザはイスラエルによる無差別爆撃によって多くの民間人を含む死傷者がでており、それにかかわるインタビュー取材を野村さんから受けたことがきっかけです。

以来、野村さんの職務に対する真摯な態度に心を打たれています。現地特派員を経験しても人によっては十分な識見を深めることが難しいなか、野村さんはパレスチナや中東/アラブ地域に深く身を置き、わたしへの問いかけも他の記者にはない鋭さがありました。

その後もお付き合いがありますが、野村さんは昨今の日本で多くが失っている仕事への誇りと情熱を持ち、課題に対してブレずに向き合う姿勢があります。区議会議員としての活躍を、こころから期待しております。