どんなひと?

1975年3月1日 生まれ。
〝説〟は教育評論家・羽仁説子にちなむ。
愛知県刈谷市出身。妹3人。

高校3年間、ガソリンスタンドでアルバイト。
危険物取扱免許(乙種第四類)取得。
愛媛大学農学部卒業(1997年)。
大学4年間、アジア出身の留学生らと寮生活。

長距離トラック運転手3年。
大型トレーラー(海上コンテナ)運転手4年。
カナダ、オーストラリアで3年半就労。

「赤旗」日刊紙記者10年。国会、中東アラブなど内外を担当。
パレスチナ自治区(ガザ・ヨルダン川西岸)、イスラエル
国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21・仏パリ)
オーストラリア先住民、カンボジア湖上生活者
原水爆禁止世界大会など現地取材。

2018年春の区議会議員補欠選挙で3位当選。
日本共産党・練馬区議会議員(文教児童青少年委員会)。
練馬区青少年育成第2地区委員会 顧問。

7歳、4歳、2歳の父親。43歳。
無認可園、待機児童、兄妹別園、民間委託を経験。
練馬区早宮で義父母姉と同居。
大型自動二輪免許。
趣味は水泳。

どんなひと?

~Story~

のむら説は、1975年3月1日、
愛知県刈谷市で生まれ、妹3人とともに育ちました。

満蒙開拓団から引き揚げた祖父母、
父は「満州」(中国東北部)で生まれ、長兄を敗戦の年に栄養失調で亡くしています。

1993年、愛媛大学農学部に入学し「拓翠寮」で生活。
4年間、男子寮でアジアからの留学生などと寝食をともにしました。
卒業後は、工学部に通う寮友の影響を受けトラック運転手に。

長距離トラック・大型トレーラー運転手として、名古屋を拠点に東北から九州まで。
毎日数時間の車中仮眠や、荷物の手積み・手おろしは重労働でした。
深夜の高速道路、重大事故を目の当たりにし、
「いのちと引き換えの働き方とは?」と、強い疑問を抱きました。

「社会変革と自身の人生を重ね合わせて生きていければ」と、25歳で日本共産党に入党します。

7年の運転手稼業に終わりをつげ、カナダとオーストラリアに渡航。
移民や出稼ぎ労働者、災害や政治的不安定から母国を追われた人たちと、
給仕や清掃の仕事で生計をたてながら3年半滞在しました。

異なった肌や目や髪の色をもつ人たちのモザイク社会。
はげしい差別や格差を目の当たりにし、自身も人種差別を経験しました。

帰国後は「赤旗」編集局の日刊紙記者に。
国会取材や国際面を主に担当しました。
東日本大震災・福島原発事故のあった2011年末には、
オーストラリア北部でウラン採掘による放射性被害に苦しむ先住民(アボリジニ)を取材。

2015には戦禍のパレスチナ自治区ガザに単身で取材に入り、
イスラエルの無差別爆撃による惨劇を見ました。
怒り・嘆き・悲しみ・苦しみに満ちた現場でした。

10年間、勤続した「赤旗」編集局を辞め、練馬区議会議員候補に。
5議席を争った2018年4月の補欠選挙で2万2758票をいただき3位当選。
担当は文教児童青少年委員会です。

妻と義父母・義姉と同居。
1男2女の父親として保育園の送迎など、妻と協力して子育てしています。

弱者の声に耳を傾け、人の痛みに寄り添い、一緒に考える。
それは自らの生い立ちや人生経験からたどり着いた、とてもシンプルだけど、一番大切な答えでした。