「道徳」教科書


来年度から中学校で使用される道徳教科書。このほど、展示会場のひとつになっている練馬区貫井図書館に足を運んできました。

同伴で解説してくれたのは、地元で教育運動をライフワークにしてきた杉橋セツ氏です。今回、検定を受ける教科書は8社。それぞれ1~3学年まであり、資料集を別途用意している出版社もあります。

※「がんばれ!」と言われても…

プロ野球選手やオリ・パラ選手が登場し、身体障害やスランプを乗り越えて活躍した物語が多くあらわれます。うがった見方でしょうか…わたしはそのなかに「こんなに苦しい中、この人たちは必死に頑張ってきたのに、あなたはどうなの?」というメッセージを感じました。

思春期の子どもならなおさら、いつも自分らしく、元気でいられるわけではありません。弱さを解放できずにいる子どもに対して、このアプローチで葛藤に応えられるのかと不安になりました。人によってはますます自信の無力感を蓄積させ、自己肯定感を損ねることなりかねません。

※「正しい礼儀」って…

「初めて人に会うとき」「プレゼントをもらったとき」などを想定し、「もっとも礼儀正しい振る舞い」と「もっとも無礼な振る舞い」を考えさせています。

“型”にはめた、押し付けの「礼儀正しさ」が説かれ、「こころと体を一体にして伝える」こととを要求しています。

※「自分を抑え、集団に尽くす」

「なかなか仕事が続かなかったが、気持ちを切り替えてレジ打ちに専念し、お客様に喜ばれるようになれた」など、困難の原因が自分にあり、こころの持ち様を変えることによって事態を改善させたという話が目立ちます。

愚痴をこぼさず、チームに貢献したマネージャーの話。自分を抑制し、集団のために尽くす話。法やルールは守るべきという誘導も目立ちます。国家や集団に従順なことが、さもすぐれた道徳だという価値観の押し付けになっていないかと心配です。

※「愛国心」を学ぶ

「国旗が掲揚されるときは、起立ぐらいしたら…」という王貞治さんのエッセーをもとに、「愛国心」を学ばせる題材。近現代史を取り上げた題材では、侵略戦争の反省に立つことなく「苦しいなかでもよくがんばった人たちがいた」「植民地の人たちのために尽くした日本人もいた」などの記述があります。

そもそも、教育関係者や学校現場からの反対を押し切って導入された「道徳の教科化」には反対です。公権力が道徳のあり様を決め、検定で教科書を管理し、指導指針まで含めて、日々創意工夫をめぐらす学校現場に強権的に介入するものにほかなりません。

「法やきまり」「ルール」を守るという規範の押し付けを強めています。生徒の内心「評価」をともなって、本来、道徳を獲得するうえで不可欠な、自身の率直な意見・態度表明など生き方、在り方の探求を妨げるものにならないかと懸念します。

家族問題では、父親は外で働き、母親は家庭で役割を果たすという題材がほとんど。理想的な家庭像を押し付け、「評価」の正解に合わせて、徳目を実践させようと誘導する意図さえ感じます。

出版社のなかには、差別や人権問題、戦争と平和、現実の社会問題をとりあげた「わが子と読みたい」と思う教材もありました。しかし、現場では「評価」付けともかかわり、教師のとまどいもあると聞きます。

ときの権力による価値観の押し付けではなく、現場の教師と生徒、保護者がたがいに平和や民主主義を学びあい、分かち合うことを手助けする教材、教育環境こそが望まれます。

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