シングルマザー

説さんは声がおおきい。ないしょ話とか無理そうだけど、嘘がないなと思う。声かけ上手で聞き上手、わたしの心のなかを正確に見抜いてくれるスペシャリストだ。社会の隅っこで、ひっそりと生きている人たちを見落とさない、信頼できる身ぢかなお助けマンなのです。

借金を機に、ふたりの息子と暮らしはじめ10年。最近では、二十歳になった長男が仕事帰りに買ってきてくれる缶ビールを分けあう。父親不在でも、「おれたち普通に生活してるよね」と気を使ってくれたりする。「大きくなった」…。反抗期を思い出し、胸が熱くなる。

別離による不利益を女性はより重く負う。子どもがいれば、教育費は収入をはるかに上まわる。そんな折、社会福祉との縁を取り持ってくれるのが地方議員の役目だと思う。困ったときに誰もが電話一本でつながる議員が近くにひとりはいてくれる、そんな区政は望ましい。

会社員

バブル崩壊後の就職氷河期を経験した〝失われた世代〟。企業は新卒採用をしぶり、リストラや倒産、不良債権が社会に暗い影を落としました。経済的な事情もあり進学をあきらめ、上京したのは10数年前。6つ歳上の説さんと出会ったのはその頃です。

説さんは、ひととの結びつきを大切にします。声をかけ、気にかける。存在を無視されないことで、どれほど救われたでしょうか。家族や友人をつくることが、いまや手の届かない夢にさえなっている。孤独がひとを死に追いやるほどの日常を、だれもが耐えています。

東日本大震災の津波で近しい人を亡くしました。郷里の岩手県大船渡市にとどまる仲間らは不安定雇用に身を置きます。生まれた環境が人生のおおくを決定づけ、主人公である本人が生き方を選べない。そんな矛盾は極限の被災地でより深刻に表れていると感じています。

元アラブ連盟東京事務所勤務 通訳・翻訳者

「世界の火薬庫」と呼ばれる中東/アラブ諸国。欧米の列強支配に苦しむ民衆の困難に、こころを寄せてきた友人です。机を並べて働いたことはありませんが、講演会などで顔をあわせたり、情報交換や資料の貸し借りなどをして助け合ってきました。

どんな対象にも先入観をもたず、正面から取り組んできた野村さん。他者への偏見がなく、だれからの意見にも耳を傾ける。机上の研究にとどまらず、現場に入って感性を研ぎ澄まし、困難を分かち、ともにたたかう。そんな姿を拝見してきました。

これらはどれをとっても、議員として不可欠な資質です。世界に目を向けつつ、身近な生活者の暮らしと尊厳を守り抜く。野村さんには、打ってつけの舞台です。いっそうの活躍を期待しています。

非武装という選択「コスタリカの奇跡」

先週、「コスタリカの奇跡」を観てきました(2016年製作・ねりま9条の会主催)。

中米コスタリカは九州と四国を合わせた面積の国土に、人口480万人が住むカトリックの国。バナナ、パイナップル、コーヒーなどの農業のほか、製造業(医療器具)や観光業を主要産業にしています。

しかし、一番の特徴は1948年に常備軍を解体したこと。軍事予算をゼロにして教育や医療を無償化し、環境保全に国家予算を振り分けてきました。結果、同国は中南米でもっとも安全な国になり、「地球幸福度指数」(The Happy Planet Index)の世界ランキングでトップに輝いたのです(2016年)。(ちなみに日本は同年58位)

映画は、1948~49年にかけて行われた軍隊廃止の流れを追いながら、コスタリカが教育、医療、環境にどう投資を振り向けていったのかを解説します。元大統領やノーベル賞受賞者、弁護士、ジャーナリスト、学者が登場し、壮大で意欲的な脱軍備のプロジェクトをいかに達成したのかを珠玉の証言によって明らかにしています。

日本の2018年度防衛予算は5兆3000億円でした。もしこのお金をコスタリカのように教育費や社会福祉、医療、環境分野に使えたら、貧困の苦しみや戦争の不安から私たちは解放されるでしょう。この映画を見れば、非武装が非現実的なものとは決して思えなくなります。なぜならそれは99%人類の利益であり、英知だからです。

安倍政権によって今ほど平和憲法9条が傷つけられている時はありません。2度にわたる原子爆弾の被害を経験した日本人だからこそ、みずからの武装解除で世界をリードしてほしいと願うのです。

「道徳」教科書


来年度から中学校で使用される道徳教科書。このほど、展示会場のひとつになっている練馬区貫井図書館に足を運んできました。

同伴で解説してくれたのは、地元で教育運動をライフワークにしてきた杉橋セツ氏です。今回、検定を受ける教科書は8社。それぞれ1~3学年まであり、資料集を別途用意している出版社もあります。

※「がんばれ!」と言われても…

プロ野球選手やオリ・パラ選手が登場し、身体障害やスランプを乗り越えて活躍した物語が多くあらわれます。うがった見方でしょうか…わたしはそのなかに「こんなに苦しい中、この人たちは必死に頑張ってきたのに、あなたはどうなの?」というメッセージを感じました。

思春期の子どもならなおさら、いつも自分らしく、元気でいられるわけではありません。弱さを解放できずにいる子どもに対して、このアプローチで葛藤に応えられるのかと不安になりました。人によってはますます自信の無力感を蓄積させ、自己肯定感を損ねることなりかねません。

※「正しい礼儀」って…

「初めて人に会うとき」「プレゼントをもらったとき」などを想定し、「もっとも礼儀正しい振る舞い」と「もっとも無礼な振る舞い」を考えさせています。

“型”にはめた、押し付けの「礼儀正しさ」が説かれ、「こころと体を一体にして伝える」こととを要求しています。

※「自分を抑え、集団に尽くす」

「なかなか仕事が続かなかったが、気持ちを切り替えてレジ打ちに専念し、お客様に喜ばれるようになれた」など、困難の原因が自分にあり、こころの持ち様を変えることによって事態を改善させたという話が目立ちます。

愚痴をこぼさず、チームに貢献したマネージャーの話。自分を抑制し、集団のために尽くす話。法やルールは守るべきという誘導も目立ちます。国家や集団に従順なことが、さもすぐれた道徳だという価値観の押し付けになっていないかと心配です。

※「愛国心」を学ぶ

「国旗が掲揚されるときは、起立ぐらいしたら…」という王貞治さんのエッセーをもとに、「愛国心」を学ばせる題材。近現代史を取り上げた題材では、侵略戦争の反省に立つことなく「苦しいなかでもよくがんばった人たちがいた」「植民地の人たちのために尽くした日本人もいた」などの記述があります。

そもそも、教育関係者や学校現場からの反対を押し切って導入された「道徳の教科化」には反対です。公権力が道徳のあり様を決め、検定で教科書を管理し、指導指針まで含めて、日々創意工夫をめぐらす学校現場に強権的に介入するものにほかなりません。

「法やきまり」「ルール」を守るという規範の押し付けを強めています。生徒の内心「評価」をともなって、本来、道徳を獲得するうえで不可欠な、自身の率直な意見・態度表明など生き方、在り方の探求を妨げるものにならないかと懸念します。

家族問題では、父親は外で働き、母親は家庭で役割を果たすという題材がほとんど。理想的な家庭像を押し付け、「評価」の正解に合わせて、徳目を実践させようと誘導する意図さえ感じます。

出版社のなかには、差別や人権問題、戦争と平和、現実の社会問題をとりあげた「わが子と読みたい」と思う教材もありました。しかし、現場では「評価」付けともかかわり、教師のとまどいもあると聞きます。

ときの権力による価値観の押し付けではなく、現場の教師と生徒、保護者がたがいに平和や民主主義を学びあい、分かち合うことを手助けする教材、教育環境こそが望まれます。

街頭演説